ロシアW杯決勝T16の日本 対 ベルギーの試合で起きたベルギー代表のロングカウンターはホントに見事なものでした。
いわゆる”ロストフの悲劇”とよばれるこのシーンは日本代表が世界との差を”改めて痛感する”のに十分な衝撃を私たちに与えてくれました。
(この試合のハイライトを観たい方はこちら)
その当時のツイッターではあの場面に関しては「山口蛍なにやってんだ!!」って感じでかなり盛り上がっていました。
ちなみに僕自身はもともと山口蛍が嫌い(ボールを持った時のあの不安感w)なんで、彼が批判されてるのは全然問題ないんです。
ただ、批判するにしてもほとんど技術的な話がなかったことに違和感を感じたことを今でも覚えています。
何の根拠もなしにあの失点の責任はすべて山口蛍にある、、、っていうのは実はかなり乱暴な批判なんです。
サッカーの守備というのは一人でやるもんではありませんし、そもそもあの状況(数的不利な状況でのカウンター)を作り出されてしまった時点で失点するリスクっていうのはかなり高くなっていたのは間違いありません。
もとをたとれば、自分達のCKに気を取られてカウンター対応をおろそかにしてしまったチーム全体の責任だと言い換えることができます。
しかし、それでも山口蛍自身の守備対応に問題が無かったのか?って言われるとそれはまったく別の話になってきます。
ホントに山口蛍をしっかり批判するなら”あの時にどう対応すべきだったか?”ってところをきっちり書くべきなんです。
山口蛍を誘い出す
ご覧になった人もいるかと思いますが、少し前にNHKでその当時のことを当事者(日本代表とベルギー代表の選手たち)で振り返っている番組が放送されていました。
(番組の名前は忘れましたが)
そして、個人的にその番組で印象的だったのはデブライネの言葉です。
日本の本田が蹴ったCKをクルトワがキャッチし、そのボールをデブライネに展開したところからベルギーのロングカウンターは始まったんですが、猛然と日本ゴールめがけて高速ドリブルをしていた最中にデブライネは次のことを考えていたそうです。
デブライネは「この状況で正面にいる山口蛍を自分のところに誘い出すことができれば、より自分達(ベルギー代表)の攻撃が有利になる」と考えたそうです。
(原文ではありませんが、こんな感じの意味合いでしたね)
そのため、デブライネは山口蛍を誘い出すためにわざと”歩幅の大きいドリブル”を事前に見せつけています。
(ちなみに山口蛍が距離を詰めていったのはこのドリブル見て、ボールが奪えると思ったからだそうです)
そして、山口蛍との距離が縮まった段階でドリブルのテンポを下げ、山口をギリギリまで引き付けたところで右サイドのムニエにスルーパスを出しています。
この時、ルカクをカバーしていた長友は「蛍飛び出すな」と伝えたかったと言っていましたが、ベルギーのカウンターがあまりにも速すぎたため声が出なかったそうです。
そして、もう一人後方にいたキャプテンの長谷部は「自分がもし山口蛍と同じ状況にいたらどういう対応をしていたのかわからない。たぶん彼と同じようにボールに飛び込んでいたと思うし、誰も山口蛍を攻めることはできない。」と言ってました。
長谷部の言葉は山口蛍をかばうような意味合いもあったような気もしますが、デブライネと長友の言葉は日本の対応に問題があったことを教えてくれています。
もちろん、最終盤での日本のCKがあまりに雑だったことや、ボールをキャッチしたクルトワの近くにいた吉田麻也が彼の動きを妨害しなかったことにも原因はありますし、そもそもあの状況を作られてしまった時点で日本が失点する可能性が非常に高くなっていたことは改めて説明しておきます。
ただ、山口蛍がかなり難しい選択を迫られたあのシーンというのは、今後の日本代表にも失点するピンチとして訪れる可能性は十分にあります。
攻撃の局面でまったく人数をかけない消極的な戦い方を選んでいるのならまだしも、攻撃的なサッカーを目指している日本代表にとっては避けては通れない守備対応なんです。
ですから「数的不利な状況でどうやってゴールを守るか?」をしっかり考えなければいけません。
とりあえず相手選手をマークするだけではそもそも失点のリスクを減らすことは難しいのです。
失点するまで
この時の守備対応を説明するために、失点するまでの流れを見ていきます。
ベルギーの決勝点は後半アディショナルタイムに生まれています。
本田のCKを相手GKのクルトワがキャッチ。
そこからデブライネに展開し、デブライネはそのまま高速ドリブルでボールを前線まで運んでいきます。
そして、このシーンに入ります。
日本は完全に数的不利です。
ベルギー攻撃陣5枚に対して日本の守備陣は3人しかいません。
そして、センターにいるのが山口蛍。
ルカクと一緒に走ってるのが長友、手前で自陣に戻っているのが長谷部となってます。
この時点でかなり厳しい状況だったいうのは見ればわかります。
それでセンターにいた山口としてはかなり難しい対応を迫られた格好なんですが、実際に彼が取った行動は”その場にとどまる”ことでした。
(厳密に言うと少しづつ後退はしてますが)
それで次のシーンに移ります。
山口があまり動かなかったことで、激走してくるデブライネとの距離はどんどん縮まりました。
彼はこの時、デブライネの歩幅の大きいドリブルを見て”ボールを奪える”と考えたそうなのですが、結局右サイドのフリーの選手に展開されてしまいます。
そして、山口がデブライネのところにいるわけですから日本の守備陣はさらに人数が減っています。
ベルギーの選手4枚に対して日本の選手は長友と長谷部の2枚。
そこから右サイドへボールが流れたんで、長友はそっちの方向へシフト。
そうするとルカクがフリーになるから、長谷部がルカクをケアしに行くような流れになりました。。
ここまでの展開によって最後にゴールを決めることになったシャドリがフリーになる状況が生まれています。
最後のクロスボールをルカクがスルーしたプレーにはホントにセンスを感じますが、逆に日本の守備対応にはセンスが感じられなかったのが個人的な見解です。
山口はどうすべきだったか?
相手のベルギーのカウンターはかなり鋭かったですし、日本は数的不利な状況でしたが失点のリスクを極力減らすことは可能だったと思ってます。
(それでも確実に失点を防げたわけではありませんが)
山口蛍があの瞬間に選択した「その場にとどまる」という行動は、残念ながら守備対応のミスだったと言わざるを得ません。
昔僕が安太郎の「1人行った方がいい」はその時の状況によるって記事を書きましたが、それで触れた内容と今回のシチュエーションはかなり似ています。
山口蛍はデブライネに突っ込んでいったわけではありませんが、デブライネに”対応しようとしたわけ”です。
「正面を向いてドリブルを仕掛けてくる相手に対してボールを奪いに行ってはならない」っていう守備のセオリーがあるんですが、山口蛍はそれに反する行動をとったことになります。
(そしてボールホルダーがデブライネだったっていうのはほとんど関係ありません)
勢いよく突っ込んでスライディングをカマしに行かなかっただけまだマシな方なんですが、数的不利な状況で何も考えずにボールホルダーに向かっていってはダメです。
ちなみに「ファールでもして止めに行け!」っていうのも論外です。
そもそもチャレンジすることがナンセンスだからです。
この状況で優先すべきことは「ボールを奪いに行く」ことでも「相手を遅らせに行く」ことでもなく、「急いで自陣ゴール前まで戻る」ことです。
実は長友と長谷部はその優先事項にそって一生懸命ゴール前まで戻っていました。
そして、山口蛍だけが一人その場でとどまったわけです。
もし山口蛍があの瞬間ゴール前まできっちり戻る選択をしていれば、シャドリがフリーでシュートを打てる状況にはなりませんでした。
(たとえば、山口がルカクをケアしていたら、長谷部がシャドリの方をケアしに行けてたかもしれませんし)
まあ、逆サイドにフリーのアザールが走ってましたから、そちらに展開されれば結局失点はしていたかもしれませんけど、少なくとも失点の確率自体は減らせていたはずです。
まずは「ゴール前の危険なスペースを埋める」ことがゴールを守るうえでの最優先事項です。
ドリブルしているデブライネはこの場合”放っておく”しかなかったんです。
(対応しようとしたからこそ、よりスキが生まれてしまったんです)
山口蛍はもともと”人に対する意識”が高い選手でしたのでこうなってしまったことに仕方のないところはあります。
しかし、もしあの位置に柴崎岳がいたとしたらまた違った展開になっていたんでは?と考えられずにはいられません。
数的不利の認識
デブライネがドリブルしている段階では(日本)3対5(ベルギー)の状況でした。
そして、デブライネがムニエにボールを展開したことで2対4の状況に変化しています。
ここで「山口蛍がゴール前まで下がろうが、デブライネに突っ込んでいこうが数的不利な状況(人数差)は変わらない。
だから、山口蛍がどういう行動を取っていても結果は同じだったのではないか?」と考える人が相当数いるのではないかと思います。
でも、よく考えてもらいたいのです。
ホントに状況としては全く変わらないのか?ということを。
ペナルティエリアの大きさは横幅が約40m、縦幅が16.5mです。
サッカー経験者はよくわかると思いますが、意外と広いのがペナルティエリアという場所です。
そして、このペナルティエリア内で相手選手にボールを持たれてしまうと、シュートを打たれるリスクが相当上がりますし、そのまま失点につながる可能性も非常に高いです。
逆にこのペナルティエリアの外にボールがある状態でシュートを打たれたとしても、よほど強烈なシュートやかなり正確なシュートコースに飛んでいかない限り失点する可能性は低くなります。
ですから、まず守備対応(失点しない)で考えるべきは相手にボックス(ペナルティエリア)内でボールを触られないことになります。
当たり前なんですが、自分達のゴール前で相手にボールさえ触られなければ基本的には失点する可能性は低いのです。
相手チームとの人数差が変わらなくても、守備側の人間が3人⇒2人に減ることっていうのは非常に大きな影響を与えます。
40m×16.5mを3人でカバーするのと、2人でカバーするのとでは1人が担当するエリアの広さが全然違うからです。
そして、攻撃してくる相手チームの人数というのはあまり関係ありません。
だって、ボールと守るべきゴールは1つずつしかありませんからね。
失点のリスクを最小限に
例えば、2対4っていう状況だと人数差が2人ですが、これが仮に2対6(人数差4人)になったとしても、失点する確率が2倍になるわけではありません。
それに極端な話で10人対100人の試合をやったとして、100人のチームの方にバンバン得点が生まれるか?というとそういうわけでもないもイメージできるかと思います。
結局、攻撃しているチームが得点を奪うために必要なものは”フリーな選手とゴール前のスペース”となります。
もちろん例外もあります(セットプレーやミドルシュートか)が、基本的にはボックス内でボールを触れないと得点を奪うことは難しいのです。
上の例にある10人対100人だと、単純に90人のフリーな選手を作ることはできますが、相手チームの10人がずっとボックス内のスペースを埋めていたら、ボックス内でフリーの選手を作ることが難しくなりなかなか相手ゴールを奪うことはできません。
プレミアリーグのビッグ6 対 下位チームの試合なんかでもよくありますが、ボックス内にフィールドプレイヤー全員が入ってスペースを消す、、、っていう守り方は”こと失点しないこと”に関して言えば一番効率的な方法なんです。
(ただ、ボールを奪ってからの攻撃はほとんどできませんけどね)
何を優先するのか
つまり相手選手をマークするよりも、ゴール前のスペースを埋める方が失点するリスクを抑えることができます。
ボックスに入ってきた選手はマンマークする方がいいですが、ボックス外に出ていく選手は放っておけばいいんです。
そして、数的不利な状況においてはそもそも相手選手全員をマークすることは不可能です。
3対5⇒2対4の変化も根本的に相手をマークすることが前提にあるなら、ほとんど状況的には変わりません。
しかし、ゴール前のスペースを消すという考え方を前提に持ってくれば、2対4の状況よりも3対5の状況の方が守りやすいのは間違いありません。
だからこそ、冒頭のデブライネは山口蛍を誘い出すことを考えたわけですし、長友が飛び出すなって伝えたかったのは山口が飛び込んでしまえば失点するリスクが増えてしまうことをわかっていたからです。
そして、こういった守備対応の仕方は山口蛍に限らず日本人選手がよくやってしまう間違いでもあります。
(14年ワールドカップのコロンビア戦)
攻撃や崩しの局面でのスペースの大事さはよく解説や指導者なんかも口にします。
ただ、守備対応でのスペースの話というのは未だに日本の解説ではあまり聞くことがありません。
「なぜこの選手にマークがついていなかったのか?」を考える前に「なぜこのスペースが空いていたのか?」を考える必要があるのです。
全部が全部ゾーンディフェンスで正しいわけではありませんし、サッカーの戦術には正解がないのもまた事実です。
そして、相手の戦い方やレベルによってはマンマークの方が効果的な場合もあります。
しかし、日本がベルギーにやられてしまったあの数的不利な場面においては「ボックス外のところで相手選手をマークする」という選択肢はホントにありえないのです。
やっぱりあの状況ではゴール前のスペースを消すことが最優先されるべきなのです。
オシムが言ったように「デブライネをレッドカード覚悟で止めるべきだった」っていう選択肢も確かにあります。
でも、その行為の成功確率は高くありませんし、一か八かの勝負にしかなりません。
あの終盤のカウンターは”そこで失点してしまえばそのまま試合が終わる”ことがほとんど決まっている状況でした。
仮に引き分けで延長に入っても、その後力負けしてベルギー代表に負けるような未来が待っていたとしても、失点すれば負けてしまうあの状況で一か八かの勝負をすることはやっぱりありえません。
仕方なかったで終わらせないように
今になって思えば、ベルギー代表にああいった形で敗れてしまったのは日本代表にとっては良かったのではないか?と感じています。
もちろん「2-0にしたんだからきっちり勝ち切れよ」っていう思いもありますが、ワールドカップのベスト16という舞台であんな劇的なやられ方をしたことは皆の記憶にしっかり残っていますし、今後も語り継がれるはずですから。
そのたびに「ベルギー代表が強すぎて、日本代表がやられてしまったのは仕方なかった」という風に片づけないようにしたいものです。
14年のコロンビア戦もそうだったんですが、”ここぞという場面”での日本代表には自分達のゴールを守る切る力が足りていないのが現状です。
これから日本サッカーがどういう方向性で進歩していくのかはわかりませんが、どんな戦い方をしていたとしても”守り切らなきゃいけない”試合というのは絶対にやってきてしまいます。
だからこそ、今まで日本代表が世界の強豪にやられてしまったという事実を「仕方なかった」で終わらせないようにしたいものですね。
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